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【エッセイ】石積の思い出
 四国山脈に連なる山々は険しい。累々とした狭い谷筋、どこまで行っても平野は開けない。斜面は、石ころを一つ落とせばどこまでも転がってゆくような急角度だ。細い川筋に沿ってある道から見上げれば、頂上は高く、その先に一層高く、空が青い。少し入り組んだ集落に行けば、どこででも平家落人伝説の痕跡を見つけることが出来る。
 私の父が生まれ育ったのは、そんなところだった。
 人々は石を積む。なぜならば、そうしなければ平らな地面が得られないからだ。畑は斜面をそのままに耕すが、稲作はおろか、家屋を建てる平地にさえ事欠く。父の生家も又、石を積んでようやく猫の額ほどの平地を確保した場所に建てられていた。祖父の代よりもさらに前の代、林業が良かった頃に積み直されたという石積は、二重についてあるのだと、伯母が誇らしげに言った。道路から小路の通る斜面を降りて、古い茅葺きの建物へ向かう。「伊予の青石」の名で知られる緑泥片岩が通り道に無造作に階段状に並べられている。その上を馴れない足取りで歩いて降りる。平べったい小石が時折足の先に触れ、転がり落ちてゆく。転がる小石もまた青色をしている。小石の表面の艶や褶曲線、角張った輪郭は、祖母の白内障になった瞳孔の色や肌に寄った皺を思わせた。
 夏の日、家の眼下にある小川へ遊びに出かけた。子供の足でも踝ほどの深さしかない流れは、大人の足では一跨ぎだ。日傘をさした伯母と一緒に沢ガニをつかまえる。視線を上げてみれば、はるか上の方に祖母の家の石垣が見える。斜面には、どこまでも棚田が連なり、石垣はゆるやかな曲線を描いていた。あの石垣も、この石垣も、私の父祖が積み上げたものだ。棚田の上、杉林の山頂のさらに上から、溢れんばかりの夏の光がふりそそぎ、青石は宝石のように輝いていた。空の青さを吸ってこの石はこんなに青いのだ、と思った。沢ガニは、棚田の石垣の隙間、どこにでも出入りする。家の側の石垣からもひょこひょこと顔を出した。食べても泥臭くて美味しくない、と大人の誰かが言った。私はひどく落胆した。
 私が10歳にならないうちに父の生家は焼失し、それを機に父は不便過ぎる故郷の地を手放した。戦場から生き残って戻った祖父は早くに亡くなり、100歳近い祖母は今や痴呆となって過去を思い出さず、私はこの里の来歴を知りようがない。なぜあんな場所に田を、家を築かねばならなかったのか。肥沃な田園地帯の生まれ育ちである母は、最初に父の生家を訪れた時に出された米が不味く、食べる事ができなかった、と言った。あの地は決して稲作をするのに適した場所ではない。たぶん、父祖は食べるためだけに石を積み、水を引き、米を作ったのではない。何かに押されるように、促されるように、自然のこととして石を積んだのだ。それは、生活の飢(かつ)えとも言うべきものだったかもしれない。人は口に糊し、日々を繋ぐ暮らしだけでは満たされない。父祖にとっては、何よりもただ石を積むことが必要だったのだ。精神の飢えは文化を生み、生活の飢えは風景を生む。そう、だからこそあの景はあんなにも美しいのだ。
 もう墓所以外に父祖たちと私をつなぐものはない。ただ石垣だけが、父祖の生活の痕跡として残っている。



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石積は意思の積み重ね石積作法 建築資料研究社から出ているガーデン・テクニカル・シリーズ『石積作法』の中に、高知県檮原町で石垣畦を作り続けた西川治夫さんという方のインタビューがある。一読して、私の父の故郷と言葉が似ている、と思った。父の生まれは愛媛県の南予地方だが、高知と言葉が近い。イントネーションは若干違ってくるが、文字に起こせば、さしたる差は感じられない。西川さんの言葉は、私の父祖の姿と重なり、こんな文章を書いてみた。
| エッセイ | 17:32 | comments(2) | trackbacks(0) |
コメント
こんにちは。
西川さん、「石垣は夢の積み重ね」でしたね。
棚田の美しい景色と、小梅さんの文章に見入ってしまいました。
こちらも山と田んぼばかりの景色ですが、山が浅いせいか、石積みの棚田はあまり見たことがありません。
棚になっていても草の土手です。

>精神の飢えは文化を生み、生活の飢えは風景を生む。
相変わらずの貧乏暮らしですが、生まれた所に住める幸せをかみしめています。
| 紅の葉 | 2006/12/15 1:28 PM |
こんばんは。
ようこそお越し下さいました。

拙文、読んで頂いてありがとうございます。
ネットで検索してみると、棚田ネットワークというNPOのホームページがありました。
http://www.tanada.or.jp/
そこの説明文を読むと、石積の棚田は西日本に多いみたいですね。
理由の一つとして「棚田を造成する時に土壌から礫が多く出たこと(地質構造的な要因)」と書いてありました。
確かに、うちの父の実家のあたりも切り通しなど地盤が露出している部分を見ると、土の部分はほとんどない、石ばかりの岩盤土壌でした。
この岩盤土壌から田畑を作った歴史を考えると、呆然としてしまいます。

>相変わらずの貧乏暮らしですが、生まれた所に住める幸せをかみしめています。

生まれた所を愛せるということ、そこで暮らせることが幸せだと感じられることは、本当に素敵ですね。
私も今住んで居る地は好きで暮らしていますが、紅の葉さんの地元愛にはかなわないなぁと思います。
| 小梅 | 2006/12/16 10:41 PM |
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